地方議会について思うこと

2014/08/05 7:17 に 佐藤篤 が投稿   [ 2014/11/02 9:10 に更新しました ]
 昨日の「TVタックル」は地方議員特集でした。いろいろご指摘を受けましたが、私の思っていること、見ている現実と違った点について、いくつか反論を含め意見を書いてみたいと思います。

1.だいたいの原稿は職員(官僚)が書いている
 少なくとも私はこの4年間の議会質問原稿を、職員さんに代筆させたことはありませんし、すべて自分で調べて、自分で起案しています。多くの同僚議員が夜遅くまで原稿を書いているのを目にしています。

 私たちは選挙や日々の活動を通じてさまざまな住民の方のご意見を伺っています。そのことをひとつひとつ考え、組み立て、自分の政策として形作っています。議員はことばをつかって行う仕事ですから、自分で原稿を書くというのは、至極当たり前のことではないでしょうか。


2.議員報酬は日当制にすべき
 議員は議会に臨むに当たって、現場調査や意見聴取、原稿作成など相当な時間を費やして臨んでいます。時に書籍がなければ都立図書館や国会図書館にも行きますし、それで一日潰れることもあります。

 これは、議会というものが、首長による事務執行について、その誤っている部分や、区民の意見が正しく届いていない部分を補完したり、住民の皆さんを拘束するルールづくりを行うという、重要な役割を担っているためです。

 住民の皆さんには、これらの時間をどうか正当に評価していただきたいと切に願っています。日当制にすることは、「議員はただ議会に出席すればよい」「その場で読んだ資料をその場で考えるだけで良い」という、議会の機能低下につながりかねません。それこそ住民の皆さんの福祉向上の機会が奪われてしまいます。

 代議制民主主義という洗練されたスキームに、必要最低限のコストをかけていただきたいのです。私が法律事務所にいた際は、法令調査した時間を記録して、クライアントさんに「タイムチャージ」し、そこからお給料をいただいていました。議員も「タイムチャージ制」ならば理解ができます。


3.議員の定数は減らすべき
 私は百歩譲って議員報酬は削減したとしても、議員定数を安易に減らすべきではないと考えます。

 議会は「議事機関」です。つまり、議会の根底には「住民との同質性」「見解の多様性」が確保される必要があります。墨田区議会には32名の議員がおりますが、政党会派を超えて、さまざまな見解が出されます。仮にこれが半分にされてしまったら、意見は半分とはいいませんが、視点が大きく失われることでしょう。

 民主主義はプロセスが大切です。ひとつの論点に対してどういう議論がなされて結論に至ったのか、このことを充実させることこそ、議会に求められていることなのです。



4.「議会は学芸会だ」
 片山善博前鳥取県知事が、「議会は原稿を書いて読むだけの学芸会だ」と発言されました。

 私は、いつも議会で質問する前に、区長以下幹部職員との「答弁調整」を行います。これは、①私の質問の趣旨を明確にして正しく伝えるため(例えば法の解釈やデータについては、共通見解をもっておく必要があります)と、②区長以下幹部職員に私の求める最善の答えをしていただくためです。

 これはひとつ実際にあった例ですが、答弁調整の際に、「佐藤の質問には現時点でどうしても肯定的に答えられない」と言われたことがあります。答弁調整しないで公の場でいきなり質問したらば、どんなに論理で詰め寄っても、予算の都合などをたてにして、おそらく公式の場で蹴られていたことでしょう。この質問については、「事業の実施を求める」ではなくて「実態調査を求める」に質問を変えました。これにより、「実態調査をしてから考える」という肯定的な答えを引き出して、次につなげることができ、実態調査が出た段階で、他の政党会派の応援もいただきながら、実際にこの4月から実施してもらうことができました。

 こうした事前調整をすることも時に必要だと思っています。政治とは妥協と調整の賜物であり、結果として住民福祉の向上になることが重要だと思っています。

 したがって、単に原稿なしで議論をすることが唯一正しい方法だとは思いません。答弁調整することは、それこそ相当の時間がかかることです。